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『バリバリ伝説』から『頭文字D』、そして『ハチロク』&『BRZ』へ [インプレッサ・WRC・STI]

3月28日発売の「スバル BRZ」、4月6日発売の「トヨタ 86(ハチロク)」と、
これから、クルマ好きにはとても楽しみなクルマが相次いで発売されます。

この2車には、「若者の“クルマ離れ”を食い止める」とか、
私達の世代「30代から40代のクルマ好き世代の心をつかむ」などの願いが
込められているなどと言われています。
まさに、私自身そのユーザーターゲット層でありますが、
それ以上に個人的には、遠からずの縁があり、
この2台の発売には感慨深いものがあります。

話は、私自身の過去の話から・・・。
高校時代「3ない運動」でバイクの免許取得を禁止されていたにも関わらず、
当時流行っていたバイク漫画「バリバリ伝説」の影響もあって、
原付免許を取得して、休みの日には赤城山や榛名山の道路を走り回っていました。

baribari.jpg
生産デザインを学んでいた大学での学生時代も、
筑波サーキットが近くにあったこともあり、
2輪のロードレースのコースオフィシャルなどのアルバイト、
4輪では所属していたチームの手伝いや自身のN1レース参戦で、
多い時で年に100回以上はサーキットに足を運んでいたような
生活でした。
大学でも理系の学部の学生に混ざって自動車部に
所属していましたが、
その当時のラリー好き、峠好きの憧れのクルマがAE86、通称ハチロクでした。
サーキットでも、絶対的なタイムではシビックなどのFF車に敵わないものの、
コーナーでの豪快な、そして痛快な走りが楽しいクルマでした。

社会人としてのスタートは、富士重工業(スバル)のデザインセンターでした。
そこで最初の仕事が開発当初はまだ車名の決まっていないブランニューモデル
(後にインプレッサとなる)シリーズの外観デザインのチーム。
学生時代にサーキットで面識を持っていたテストドライバーの部署のレースチーム
にも所属するなど、入社後もモータースポーツを続けていたこともあり、
特にWRC戦略車である4WDターボモデルのWRXシリーズを中心に
デザインをすることとなりました。

つまり、
「バリバリ伝説」に憧れ(大学でのデザインの勉強は勿論ですが…)
筑波へ行ったことで、いつの間にかレース生活にどっぷりと浸かり、
自動車メーカーへ就職、そしてそのままモータースポーツのベース車の開発に
至ったということです。
クルマの位置付けとしてはWRC戦略車というラリーベース車の開発でしたが、
それまでのスバルは4WDを中心としてターマックよりグラベル(悪路)の
泥のイメージの強い企業でしたが、
サーキットや峠でも映える様なスポイラー類やオプションのステッカーにも力を入れ、
ストリートでの人気にも密かに期待していました。
その後、インプレッサの発売後に富士重工業を退職し、
自動車業界とは全く異なる業界でのデザイン業に就きましたが、その間、
インプレッサはWRCでの数々の栄光を手にして、
スバルは“走り”のイメージを手に入れ、
いつの間にかブルー系の色がスポーティーなクルマの代表的なカラーになるまでに
至りました。

新しい職場は、赤城山の麓にある森の中にガラス張りの工場と開発部門のオフィス、
研修施設を備えた郊外型施設で、
休みの日には同僚と赤城山や榛名山で早朝ドライブを楽しむ様な生活でした。
その頃、始まったのが、「バリバリ伝説」の作者しげの秀一さんの新作
「頭文字D/イニシャルD」。
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作品の中では、秋名山となっていても明らかに地元の榛名山、
しかも日頃走っているドライブコースがバトルの舞台で、
ドラマシーンも榛名湖畔や渋川や地元前橋の街並やお店など、
馴染みの景色が随所に描かれた漫画です。
そして主人公の拓海がドライブするのが、私の学生時代に周りの皆が乗っていた
あのAE86、通称ハチロク。
それだけでも、充分親近感がありましたが、
その拓海の父親が所有して、時々拓海本人がドライブするのがインプレッサ。
ストーリーの途中で、そのインプレッサが現れた時には、
嬉しい等喜びの表現とも異なる、どこか不思議な感覚になりました。
この「頭文字D」という漫画が、製品のモデルサイクルを終え、
一度はクルマ好きからもその名が話題から消えかけていた「ハチロク」
という名称を呼び戻し、そして、
モータースポーツなどのシーンでの現役時代を知らない若い世代に、
通称であった型式名称である呼称を、
あたかも車両の名称のように知名度を高めた功績は、計り知れないと思っています。

そんなモデルサイクルを超え、
クルマ好きなら誰でも知る存在となったAE86とインプレッサをルーツに持つ、
新生「86(ハチロク)」と「BRZ」が、
今回、同じ製造ラインから生産され販売されます。
しかも当時、
AE86が販売系列毎に、「レビン」と「トレノ」で顔を変えて販売された様に、
今度はトヨタとスバルという企業を跨いで「86」と「BRZ」で私達の前に現れる。
こんな出来事を、ほんの数年前まで、誰が想像できたでしょう?

この2台のスポーツカーの登場を機に、次の世代へのクルマ好きの拡大と、
それに伴う市場が広がることを願ってやみません。

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過去の自分からの手紙 [インプレッサ・WRC・STI]

先日、“自分”から手紙が届きました。
それは、20年前にスバル(富士重工業)入社して1年半が経った頃に書かれ、
1990年当時、富士重工業の群馬製作所(太田本工場)の開所30周年を記念して
埋設されたタイムカプセルに入れてあった手紙でした。
selfletter.jpg
その手紙の存在すら忘れていたので、本当に驚いたとともに、
その頃の複雑な想いが蘇り、こみ上げてくるものがありました。

封書の中味は、ジャスティというクルマのMYMEαという
限定車のカタログのカラーコピー2枚と自分への手紙
「1989年に入社以来、これが世に出た最初の作品だ」
という文章。
「α」というロゴをデザインして、その限定車が発売された直後で、
最初に世に出たその記念のカタログをコピーしたもの。

当時の自分は、
入社直後からインプレッサ(初代)のデザインチームに配属され一年が経過した頃。
そのインプレッサも1/1モデルから実走行可能な試作車が出来た頃で、
エクステリアデザイナーだった自分は各パーツ、ロゴ、オプション品、
輸出仕様など、その3年後発売を目指してデザインの最中でした。
当時、世はバブル景気ながらも会社は数年連続の赤字で、次々辞めていく先輩方を
横目に見ながら黙々とデザインをこなしていました。
中でもデザインの指導をしてくださり、デザイナーとして最も影響を受け、
インプレッサのデザインのキーマンだった先輩からも会社を去ることを
ほのめかされたのもこの頃で、直属上司も流動的な状態でした。
結果、入社2年目ながらインプレッサという車名も決まっていないブランニューの
新型車の量産までの外観デザイン開発のほとんどを、自分の一年後輩の更に新人の
デザイナーと分かち合うことになり、更に合間に初代レガシィのマイナーチェンジ
(MC)やジャスティの限定車の開発もしていた様な状態でした。
MCはデザイン開発後1年程度、限定車は開発後3ヶ月程度で発売されたこともあり、
当時まず最初に世に出たのが限定車のロゴラベルだった訳です。

販売テコ入れのための限定車のロゴのラベルでも、自分でデザインしたものが、
「世の中に出て、街中を走る」
と想うだけで、当時の自分には初めての経験であり、それだけでもただ嬉しく、
20年後の自分に向けた手紙を、その時の気持ちのまま、タイムカプセルに
入れたのでしょう。
まさに初心ですね。

フリーランスのプロダクトデザイナーになって3年が過ぎた今、
初心の手紙が届いたということは、自分にとっては、本当に良いタイミングです。

計らずも、
「初心忘るべからず」
のメッセージを自分から受け取るとは、想いもよりませんでした。




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星に願いを/インプレッサのグリル [インプレッサ・WRC・STI]

ここのところ、ブランド戦略の相談や研修の話をいただく機会が続き、
あらためてブランディングの勉強をしています。
そして思い出したのが、もう10数年前のスバルのデザイナー時代の話。
今では信じられない話ですが、その当時「あの六連星があるからイメージが悪くて売れない」という営業現場での意見が多く、国産メーカー他社のように、メーカーロゴ、ファミリーブランドロゴでなく車種ごとの個別ロゴをデザインして、個別車種専用オーナメントとして車両前後に装着する方針となりました。wrx_gril.jpg
ブランドマネジメントやブランド戦略という言葉も浸透せず、会社名ロゴを見直しCI(コーポレートアイデンティティ)を強化する会社が多かった頃の話ですが、旗艦車種であるSVXから、レガシィ、ヴィヴィオに至るまで個々のオリジナルマスコットオーナメントが次々にデザインされていました。
しかも、遠目に見ても明らかに異なるよう意図的に輪郭も変更し六連星のベースとなる楕円の輪郭ではなく、五角形ホームベース型などをモチーフとして検討が進められました。
インプレッサ開発当時は、初代レガシィがWRC(世界ラリー選手権)に参戦準備している頃で、インプレッサがWRC次期戦闘機としてターボモデル(後のWRX)が控えていました。imp_uk.jpg
「このクルマがWRCで活躍すれば、海外で装着する六連星の方が認知され、モータースポーツファンへの訴求から、国内市場、一般への意識変化につながるはずだ」とデザインの師でもある先輩デザイナーと話していました。そこで考えたのが六連星と同じ楕円輪郭で、同じサイズの個別ブランドデザインのオーナメント。輪郭を楕円とすることは社の方針としては例外となりますが、その中のモチーフを変えオリジナルの「i」マークとすることを承認してもらいチームでデザインを進めました。
「きっと世界ラリー選手権で活躍すれば海外での人気も高まるだろう。そして、その海外での人気を知った国内のラリーファンが、六連星のオーナメントをディーラーで交換できるようにしよう。」というように、将来的にオーナメント単体だけでもオプション販売してオーナーが自分の意志で交換できるように配慮するというアイデアでしたが、当時メーカーロゴのオーナメントをオプションで販売するという発想が無かったので、用品部門を説得しながらの個別車種オーナメントのデザインワークが進められました。
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するとクルマの発売直後から、この車種に限っては、最初からオーナメントをオプション購入する方も多く、更にはラリーで活躍するにつけメーカーの車種ごとの個別ブランドデザインの話も消えて、いつの間にか最初から誇らしげに六連星が装着されたクルマへと落ち着いていきました。そしてついには限定車ではチェリーレッドのカラーのオーナメントが登場するなど、その六連星のバリエーションも広がりを見せました。

六連星オーナメントが装着されたフロントグリル本体のデザインについても、バブル好況の世の中にあって会社の業績不振が続いた暗い時代に、このクルマ(インプレッサ)が明るい彗星として登場することを象徴するように、六連星の楕円を包む彗星のようなフィンが左右に広がるデザインとなっています。“メーカーロゴを彗星のように掲げて世界で闘うクルマ”のグリルとしてのメッセージが込められていました。

当時は意識していませんでしたが、今になって思えば、その思い、当時の行動自体がブランドを作り出す行為“ブランディング”そのものだった様に思います。この懐かしいエピソードを思い出して、この不況下で、いかにメーカーの活動や目標が、自分たちを信じて、いかに“ブレずに”進んでいけるかどうかが、ブランド戦略となることを改めて思い直しました。

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トヨタF1撤退に想う/マン島TT電動バイクレース [インプレッサ・WRC・STI]

トヨタのF1撤退のニュースがありました。
先日もブリジストンの2010年でのF1撤退が発表されたばかり。
ホンダのF1撤退、スバルのWRC撤退の時点で想像できましたが、
最終戦の小林可夢偉選手の活躍があっただけに残念なニュース。

富士スピードウェイの改修、LEXUSのLFAの発表など、
F1とリンクさせたスポーツカーイメージの構想があり、
豊田章男社長自らハンドルを握ってニュルブルクリンクのレースに
参戦していた程ですから、苦渋の決断かと思います。

「モータースポーツは走る広告塔」という位置付けを見直す時期にきています。
モータースポーツには、もうひとつの側面「走る実験室」という位置づけもありますが、
昨今のF1の技術はあまりにも市販車とはかけ離れてしまっているために、
「実験室」という目的より「広告塔」としてのウェイトが高くなってしまい、
莫大な維持コストで経営状況の影響を受けすぎるようになってしまったようです。

で、原点に返るべきその「実験室」としての興味深いレースが2009年6月にありました。
オートバイ好きにはお馴染みのマン島TTレースに今年から電動部門が加わりました。
エントリー20台で、出走14台。
優勝はインドのチーム「Team Agni」。電池は韓国製だそうで、
レース車両の開発費は数百万円程度とのこと。



聞き慣れたエグゾーストノートがないのは寂しいですが、
ライディングの醍醐味はまったく変わりませんね。
ホンダがマン島TTの二輪レースから、四輪、F1へ進んだように、
新興国にもチャンスのある“モーター”スポーツが既に始動しています。
その実験室に名乗りを上げる日本のチームが現れることを期待しています。
そしてこのようなレースイベントを国内でも見たいですね。
石原都知事の三宅島復興レースのカテゴリーでもいけそうですが、
騒音の問題も少ないので、モナコF1のような都心でのイベントもいかがでしょう?


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共通テーマ:バイク

富士重工業WRC(世界ラリー選手権)ワークス活動終了 [インプレッサ・WRC・STI]

『富士重工業 世界ラリー選手権ワークス活動の終了について』
http://www.fhi.co.jp/contents/pdf_49558.pdf
デザイナーとして始めて世に出した製品が、
スバルのインプレッサというクルマ。
特にWRXには人一倍の思い入れがあります。

「このクルマがWRCに参戦して欲しい」
「このクルマが一勝でもいいから、WRCで勝って欲しい」
といつも願いを込めていました。

WRCに参戦したのは、   impreza_swrt.jpg
果かなくも退社後でしたが、
WRC参戦、
WRC一勝、
WRC年間チャンピオン
に一喜一憂してました。

「終了」という2文字はとても重い言葉です。

19年も続いた活動ですので、
企業としては、苦渋の決断かと思います。

とても、残念ですね。


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